『シティタワー葵』は、名古屋の中心「栄エリア」から直線距離で約1.1km※。江戸時代より受け継がれてきた風情とともに、人々が暮らし続けてきた「東区葵」にあります。都心の活気と華やぎを享受しながら、日々の暮らしに穏やかな安らぎの時間を持ち得るポジションです。また、都心を横断する2つの路線の間に位置しているためアクセス性も高く、利便性豊かな都心生活を謳歌できます。
※“「栄エリア」から直線距離で約1.1km”は現地から東山線「栄」駅4A出入口までの地図上の概測直線距離です。
CONCEPT コンセプト
いつまでも色褪せない、都心邸宅の輝きを
安定した地盤の台地
名古屋の地形は、東部の丘陵地、中央部の洪積台地、北・西・南部の沖積平野の3つに大きく分けられます。『シティタワー葵』が位置するのは、名古屋城周辺から続く洪積台地の一画。名古屋駅などの沖積平野と比べて標高が高く、安定した地盤とも言われています。また、周囲四方はフラットな地形となっているため、徒歩や自転車での移動も体に負担が少なく快適です。
建物デザイン
地上20階建て・全354邸、憧憬となる壮大な佇まいの『シティタワー葵』は、ランドマークとしての存在感を印象づける、伸びやかでダイナミックなフォルムです。全354邸の壮大なスケールでありながらも、長大な壁面を分節することで軽快さを演出したファサード。上層2層のデザインは、白い外壁やマリオン、ブルーのカラーガラスが採用され、周囲に際立つシンボリックな表情が演出されています。
駅近の利便と、穏やかな住環境が調和
地下鉄東山線「新栄町」駅へ徒歩4分、桜通線「高岳」駅へ徒歩7分。都心の主要路線の2駅を間近にし、各種利便施設を徒歩圏に収めています。また、大通りから一歩奥に入った落ち着いた環境にあり、周囲には憩いのオアシスになる公園や、この地を大らかに包み込む白亜の教会、文化施設などが点在。都心に暮らしながら、心地よい潤いと安らぎのひとときを過ごせます。
徳川家御下屋敷が築かれた由緒ある地、東区葵
「東区葵」というアドレスの地名は、徳川家の三つ葉葵の紋に由来します。かつてこの地にあったのは、建宝7年(1679年)に尾張藩2代藩主徳川光友が、休息と饗応の場として築いた約6万4千坪にも及ぶ広大な「御下屋敷」。池を中心とする池泉回遊式庭園は、代々の藩主によって、時代の好みを反映した手が加えられてきました。7代藩主宗春の時代には、8代将軍徳川吉宗から拝領した朝鮮人参などの薬草を栽培する「御薬園」が設けられたというエピソードも残っています。
名古屋屈指の名門校が集積する文教エリア
江戸時代に尾張藩藩校「明倫堂」(現在の明和高等学校)が置かれた東区は、学びの地として歴史を刻む文教の薫り高いエリア。市内屈指の名門校として知られる「東海中学・高等学校」や「金城学院中学校・高等学校」をはじめ、教育施設が集積。学区の葵小学校は、徒歩4分で通学も安心。保育園や幼稚園も身近にあり、小さなお子様がいるご家族にとっても魅力的なロケーションです。
豊かな歴史情緒に彩られた、伝統の地に
江戸時代から武士の家々が並び立つ屋敷街として繁栄した東区。徳川家に繋がる寺院や由緒ある神社・仏閣も多く、その落ち着いた街並みから財界人や文化人の多くが邸を構え、住宅地としての文化を成熟させてきました。『シティタワー葵』のある「葵一丁目」は、かつて徳川家の御下屋敷が置かれた安息の地。都心にありながら、心地よく暮らすための穏やかな環境が息づいています。
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